謁見の間から寝室へと戻ったら違和感を感じた。
部屋の雰囲気が朝と違う気がする。気のせいだろうか。


「なぁ、部屋が朝の時と違う気がするんだが」


扉を開け、近くにいたメイドに違和感の正体を聞きだすべく、声をかける。


「そうでしょうか?
…ああ、そういえば先程フリングス将軍が花を持ってきて活けて下さいました。 この辺りではあまり見かけない花なので、陛下は見たことが無いかもしれません。
違和感を感じるのはそのせいではないでしょうか」

「アスランが花を?」


メイドに礼を言ってから扉を閉め、視線を巡らせた。

そして見つける。
窓際に置いてある花を。

それに近付き、改めてじっくりと見つめた。
長い茎の先に花がついている。一輪だけでも存在感がありそうな、少し大振りの花。
外に向かって広がり、幾重にも重なる花びらは淡い桃色に染まっている。
そんな花が何輪もあるのだから、結構な存在感である。違和感を感じるのも仕方ない。

しかし何故唐突に花を持ってきたのか。
しかもアスランが。メイドならまだしも、軍人であるアスランが。
似合わないというわけではないが、軍人に花というのは不釣合いな気がした。


「聞いてみるか…」




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




「はい。その花なら確かに私が活けさせて頂きました。お気に召しませんでしたか?」


心配そうな、それでいてどこか悲しそうな音を含む声が耳を打つ。

数分前、部屋の外にいた兵士にアスランを呼ぶよう頼んだ。
自分で探しても良かったが、同じ軍人の方が大体居る場所に見当もつくだろう。そう思っての事だ。
思惑通り、数分経ってからアスランが部屋の扉を叩いた。
そして現在に至る。

アスランは至極残念そうな顔をしながら、確かに花は自分が活けたものだと言った。


「いや…気に入らないわけじゃない。むしろ綺麗だと思う。ただ…お前が花を持ってくるなんて思わなくてな」


それを聞いて安心したのか、アスランの顔に安堵の色が見えた。


「エンゲーブへ視察に行った時に咲いているのを見かけたんです。 陛下にお見せしたいと言ったら快く分けてくれました」


言いながら微笑んで、花瓶から一輪花を抜く。
どこか懐かしむような目で花を見つめながら更に言葉を続けた。


「陛下はご存知でしょうか?
この花は少し栽培が難しいのです。 肥料の量を少し間違えただけで…一応咲きはしますが、花は小さくなり、見劣りしてしまう。
しかしうまく育てればとても可憐な花を咲かせます」

「やけに詳しいな」


問えば、アスランは珍しくとても嬉しそうな顔を見せた。
それこそ、花が咲くような笑顔。
こんな顔もするのか、と思わず見惚れた。


「昔母が育てていました。母はこの花が好きで、毎年この花が咲くたびに嬉しそうに私に見せてくれていました
私が好きな花でもあるので、いつかは陛下に見て頂きたいと思っていました」


ああ、なるほど。納得した。
この花はアスランにとって母親の思い出に繋がる花なのだろう。それならばこの笑顔も納得できる。

――お前らしい

微笑ましい気分になり、つられるように顔が緩んだ。


「それと…この花を見ていたら陛下を思い出したんです」

「は?俺をか?お前…この花どう見ても少女趣味だろう。俺を連想させる要素なんかどこにも無いぞ?」


とてもじゃないがこの花と似通っているとは思えない。
可憐な花に対し、長身で歳も30を越えた男など、むしろ不釣合いに近い。

余程怪訝そうな顔をしていたのか、アスランが困ったように微笑んだ。


「確かに女性が好むような花ですが…私はここまで大きく堂々と咲き誇る姿が、まるで陛下のようだと」


そう思いました。とアスランは照れくさそうな顔を見せながら言った。


「ご存知ですか?この花の花言葉は『夢』です。
幼少の頃より、父から陛下の話を聞いて育った私にとって、陛下は私の夢そのものでした」


アスランが一歩近付く。
そして手に持った花を目の前に差し出された。
柔らかそうな花弁の集まりと、その淡い色に目を奪われる。惹かれるままにそれを手に取った。

目の前にある花の向こうに見えるのはアスランの顔。


「陛下にお会いできて、お傍に居る事ができて、私は幸せです」


そう言いながら、再びあの花が咲くような笑顔を見せた。

アスランの両親に感謝しなければ。
思わず見惚れてしまうような笑顔を見ることができたのも、まるで告白のようにも聞こえる言葉を聞けたのも、 全てアスランの両親とこの花のおかげなのだから。

アスランの体を抱き寄せ、突然の事に慌てるアスランの耳元で囁く。


「俺も幸せだ」


ただ傍にいるだけで、こんなにも目を奪われる
ただ傍にいるだけで、こんなにも幸福だと感じる


アスラン、お前の方こそこの花のようだ








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